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ぼくとぎんふりつ(終編)

はい。いよいよ読む方も書く方もめんどくさくなってきたと思うけど。
これで終わりなのでどうか最後までお付き合いください。

2014年に関してだけど、私視点では今度こそ本当に書くことがないです。
書きたい人が居たら別視点でもお願いします。
遊びとしてはLoVばっかやってた。最高ヴァミBまでいったよいぇーい。
大会はちょっとずつ出たけど公認は一切出てないし、遠征も全然出てないし、環境やカードプールに関しても殆どわからないままだし。
今迄あんま壇上あがってなかったうれさんとかが勝ってるの見てめでてぇなぁ…とか思ってたり、時期相当飛ぶけど湊さんの優勝とかもめでてぇなぁと思いながら見てたり。

軽井沢旅行に関しては一応行ったから多少言えることあるけど、最近のことだしそもそも銀符本当に関係ない思い出だからなぁ…といった感じで。うれさんと飛燕さんのテンションが異常に高かったのは記憶に新しい。

思い出、というか事件だけどあの名古屋遠征に関しては本当に不幸中の幸いだったなぁと。以前の遠征で数名がシートベルトを締め忘れて違反食らった教訓が生かされてしまった事態。流石にあのレベルだと後になっても部外者は笑い話に出来ないけど、やっぱりアレは奇跡の一種ですよね。
本当に。いや、本当に良かったです。

最後の全国に関しては、その奇跡の生還者ってこともあってしろたくんが上がってくれたのはめでたかったと思います。らじあんはなんかもう最後まで全国覇者になることはないだろうなって感じあったし、正直最後の全国優勝取れる役者殆どいねぇよなぁと思ってたから、銀符後期を大いに盛り上げてくれた存在として良いポジションに収まってくれたのではないでしょうか。じゃんけん大会出来なかったことに関しては同情する。

まあ、ざっと言ってしまえばそんな感じで。
なので、2014年に項目立てて語るような思い出はこれだけです。

☆汁鰤、活動停止発表の日

その夜の私はというと、くろいひとと京都旅行へ出発した時でした。
いやぁ…あの時ほどスマホの電池残ってて良かったと思った時はないね。
消灯後の暗いバスの中でひたすら放送繋いでピコピコやってた。

確かうれさんだっけ? の発表発見タイミングも絶妙で。
いやなんかもう。本当にお祭り騒ぎだったよね。
追悼放送が立って、皆で思い出話して。騒ぎに騒いで。
祭りの匂いを聞きつけてやってきたテラさんのテンションがやばくてクソ面白くて。
私はもう殆どゲームから離れてたから、「なくなっちゃうのやだ!」みたいな感覚はもうはっきり言って全くなかったんだけど、それにしてもまあ…感慨ひとしおって奴だった。
自分がリアルタイムでがっつり遊んだゲームの、その始まりから終わりまでを全部眺められたんだなぁと思うと、自然としんみりして笑いが止まらなかったというか。
私の人生経験では上手く表現できない。「感傷にひたる」ってのはこういうことを言うんだろうなぁとは思ったけど、「見届けられた」ことがちょっと嬉しくもあったし、汁鰤に対して感謝の気持ちみたいなものが悲しみよりも先に出てきた。兎に角その夜は大騒ぎで、久しぶりに心から笑ってスッキリした気分になったなぁ。

このままなくなったらちょっとは悲しくなるのかな。
どうなんだろうね。
私はこの夜を当分忘れないと思うよ。

☆総括:銀符律というゲームに対して思うこと

まとめきれるか! まとめきれないからこんな長い回想書いたんだろ!

銀符律を始めてからの4年間をこうして綴ってきたわけだけど、本当に色んな事があった4年間だったとは思う。真面目にやってたタイミングでは大会で負けてすげー悔しかった記憶とか、今となっては完全に笑い話のなんちゃら二等兵事件とか、まあ微妙な思いだって勿論あったわけだけど、それを差し引いて余りある楽しい時間だったと思います。本当に、感慨深い。語彙力が足りねぇ。

ゲームとしては。
雪月花と、5弾月単に出会えたのが本当に幸運でした。
特に5弾月単はそうそう出来るゲームじゃなかったと思う。私の性格に驚くほどフィットしてて、あのデッキを楽しく回していた時期がやはり私の中では絶頂期だったと今でも感じてる。
入賞のことで言えば、やっぱりチーム戦優勝が一番報われた瞬間だったかな。
こういうゲームでは最高に愉悦だと思う。

個人優勝3回(名古屋、東京、名古屋)、個人準優勝3回(東京、全国、全国)。
チーム戦優勝1回。

まあ完全に自慢だけど、これだけ出来れば満足です。
やっぱり対人ゲーは大好きだし、戦績が残れば嬉しいので。
たくさん勝てて良かったなぁ。(小学生並みの感想)

コミュニティとしては。
私本人が一番びっくりしています。
多分誇張でもなんでもなく有名(笑)になって、最大コミュニティに入れてもらって。
これだけ遊ばせてもらえるとは思えなかったし、今でもちょっと信じられない。
この一大コミュニティの足がかりを作った養蚕や、中心人物になったらじあんをはじめ、暖かく迎えてくれた面々には本当に感謝しています。
反省として、私はもうちょっとコミュニティに貢献するべきだったなぁとは今ちょっと思う。貢献の意味とか方法はなんでもいいけど、何かしら出来る事があったんじゃないかなとは思わなくもない。

まあそれはさておき。
頭が上がらない、という意味ではやはり横浜の皆様ですね。
ここの環境がなければそもそもこのゲームで色んな人と仲良くなろうと思わなかっただろうし、楽しい思い出と言われて自然に蘇るのは、今でもドラフト後のマイアミガーデンでパスタ食ってるシーンです。当時は特別楽しかった。
ジャッジとかに聞けば、ここまでの話を「軟骨くんの人徳もあるよ」なんて優しくしてくれそうな気もしますが、やっぱり恵まれていたと思います。
大きな波に巻き込まれたのは間違いないけれど、そのきっかけ自体は私が選んだものであるし、今は自分の「積極的に巻き込まれた」勇気を少しは評価してあげたいと思っています。
だって、このゲームで出来た友人50人越えてるでしょ。
やっぱ相当だと思うもん。

ひーろまんがこの前同じようなことを言っていたけれど、私もこのゲームやコミュニティに良い影響を与えて、誰かの記憶に残る存在になれていたならそれ程嬉しい事はありません。「銀符律」という枠組みはほぼ解散に近いけど、今後も機会があれば色んな事で遊べたら良いなと思っています。
今後は正直どう動くか分からないけど。
取り敢えずちゃんと社会人になれるように頑張ります。

シルバーブリッツについて。
いろんな部分でクソだと思ってたし今も思ってるし、特にマーケティングが残念過ぎると思ったけど、ゲームデザインとしては好きだったし良いゲームだったと思います。
楽しいカードゲームを作ってくれてありがとうございました。
天子の能力名の誤植は一生許しません。

はい。
ここまで、私なりの東方銀符律への追悼とさせていただきたいと思います。
こんな字の洪水(18,000字強)に付き合ってくれた読者の方にも感謝を。

それでは皆様、良いお年を。また会いましょう。
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ぼくとぎんふりつ(後編Bパート)

更なる補足。
ありーやさん、しーもんさん、貴登さん、LINさん、れてぃあさん辺りの方々とは、ツイッター以外だと会う機会がめっきりなかったり、完全になかったりで紹介遅れてしまいましたが良ければ今後ともよろしくお願いします。


☆生徒会長ふっちゃ
このユニットがフィールドに出た時、対戦相手の学生以外のユニットを1体選ぶ。それに3000円を与える。


☆春の全国大会

この日はよく知る面々に多く当たった印象だなぁ。
ギギP、チワワ、ミストさん、ぶっくん、Lazyさんと当たって、締めは養蚕と。
気分転換に月詐欺を使った珍しい回だったんだけど、結果的に幽々子の能力が起動したのは対チワワ戦の時だけだった。まあその代わりその時は天和しててちょっと申し訳なかったんだけどね。

で、決勝では養蚕のマリガンがとっても上手だったお陰で大事故、普段の月ならカモのつもりだった花雪にボコられる始末。優勝決定戦が大事故で死ぬのは初壇上の対うらりょんさんの時以来。
しろたマンが私敗北の報を聞いて大喜びしていて、これは二度目のブーイングを逃したなぁと思いながら割と普通に凹んでたとかなんとか。まあやっぱ全国で一回位は勝ちたかったなぁって。

この時はふぇりっさんやぎこさんの入賞とかが印象に強い回でしたね。
ふぇりっさんはなんか勝ち慣れてないかのようなリアクションが面白かった。
今公式見に行ってきたらいい笑顔すぎた。
バーロ兵は仕事。

☆桜新町

時期に幅があるしどの辺だったか分からないけどこの辺りに挟んどこう。
中将さん主催の大会が出来て、超近場の大会として自転車でよく遊びに行きました。
本当はもっと参加したかったけど、単位とか色々あって参加率は後半微妙になっちゃったのがちょっと地元民としては申し訳なかったなと思います。
横浜勢やたまに集い勢が来る以外だと、logerさんや原さんによく会う場所だった。
ここは銀符はおまけ程度にボドゲーでよく遊べたのもいい思い出。
セブンワンダーはいい感じにお手頃で楽しいゲームだったし。
惨劇ルーパーはまたやろうな。うん。ギギP頑張って。

☆名古屋遠征

名古屋城に行きました! 楽しかったです!
屋台のトルコアイスのおっちゃんとか面白かった。

名古屋城の最上階の売店で、煽り文句として「戦国の七雄」なんて垂れ幕がかかっていたんだけれども、そこでらじおの言い出したるは
「戦国の英雄が七人…俺達も、七人」。
こうして翌日、彼らは戦国武将名で大会に臨むことに―――。なんて話もあったね。
部外者にはマジで意味がわからない遊びでしたが、七人以外も巻き込んで戦乱の世になったし本人たちは楽しんでたのでまあ良かったんじゃないでしょうか。
ちなみに私はこの時直江兼続を選択したんだけど、選択理由に特に深い意味はなくてぶっちゃければ本名が1文字被ってたというそれだけのチョイスだったりする。
うん。まあ兼続は多分好きだよ。ほんとほんと。

大会の方はといえば、1戦目からカツラギさんに当たったり、再びらいらいだにさんとの対決があったり、周りは武将同士で潰し合いまくってたり、そんな中ラミュエールさんが壇上に上がったり。
私は新しく追加された新システム「エクステンド」で、折角だからエクステンドに阿求入れておこう、とか巫山戯た真似をしていました。あー巫山戯てよかったー。
私は兎に角名古屋と相性良かったなぁ。これが活躍としては最後の舞台だったね。

宿は前の名古屋遠征と一緒だったんだっけ。お世話になってるなぁ。

☆ゆからん登場

8.0はその後ぜふさんの手を離れていってしまったゆからんが猛威を振るう環境に。
それでも東京ではでちんが花雪で優勝したりしてはいたんだけど、なんかもう見事に別ゲーチックな動きで暴れまわってましたね。玉兎マンとかも日単使えよゆからんで壇上だっけ。
この辺りからなんかこう、いや梅雨亭の時点でも相当だったんだけど、楽しくデッキを作れる幅が極端に減っちゃったなぁという感じはしなくもなかった。
んー、デッキの幅っていうか。なんだろうな。よく分かんない。
それでも案外楽しんでたのかもしれない。
幻馬くんがこのコミュニティにスルリと上手いこと入り込んできたのはこの辺の時期からだっけ。あまりにも自然に入ってこられたからタイミング正直覚えてないんだよねぇ。
私みたいなコミュ症は「最初から居る」「勝って目立つ」の両方でようやくコミュニティに取り込んで貰った人間だから、これだけ熟成してた集いコミュニティにサクッと入ってきた技量は実に見習いたいところではある。

☆9弾発売後

ただ、確実に9弾はドラフトしながら相当クソクソ言ってた気がしますね。
TH-0001ってカードがある中で狸囃子の証城寺。
これは何かしらが終焉を迎えてしまったって思ったもん。ゆからんは死んだし、花宙フランは元々そんな息してなかったけど完全に死んだし、そういうものに限らずなんかこう、何か色んなモチベーションに影響はした。
それでも宙日とかが勝ってたりしたのは面白かったけども。

地方大会の方だと、カツラギさんが再び天下取ってたり、Lazyさんが安定して優勝してたり。

☆軟骨、LoVに呑まれる

そして10月末、私は以前から興味はあったLoVに手を出すことに。
TLでぜふさんやしょうゆまんの報告を聞いてて面白そうだったってのは勿論ある。
後はやはり六本木さんがその時点でヴァミとして活動してたのが大きいかなぁ。カード恵んでもらったり、いやはや本当にお世話になりました。

私は一度ハマると止まらなかったり、沢山のことを同時にはあまりこなせない性質なので、就活が近づいてきてたこととLoVを始めてしまったことで銀符から離れていく感じになってしまいました。LoVはゲーム性としては私にとって苦手分野だったんだけど、苦手だからこそちょっとやってみたかったところもあったんだよね。
まあ、実際のところどんな気分だったのかはあんまりわからない。
娯楽をするしないにいちいち理由考えたって仕方ないしね。

ただ、一つ確実に言えるのは、「銀符をエンジョイ勢程度に続ける」っていう器用なスタイルは私には殆ど出来なかった。結局遊ぼうとすると真面目に環境考えちゃうし、真面目にデッキつくろうとしちゃうし、真面目に経験値積もうとしちゃう。そうしないと楽しめない、っていうところがあったから。
だからまあ…しょうがなかったかな。色々と。

始めた時期はバラバラだけど、LoVではしょうゆまん、ぜふさん、六本木さん、グラサン、キラさん、ナオヤさん、しろくまん、やっくんさん、白煙さん、幻馬くん辺りとよく遊びよくお世話になりました。
というか白煙さんに関しては2012年の項で言及するタイミングなかったけど、5弾月単好きユーザーとして仲間意識(一方的)があって楽しくやりとりした記憶多いんですよね。結局会い損ねたなぁ…。

☆冬の全国大会

12月に入るといよいよ就活が始まり、私は就活に手がつかないまま就活が始まったというストレス(※就活しているとは言ってない)と単位に追われ、いよいよ集いイベントには参加出来なくなっていきました。
そんな中で参加は一応した全国。
結局デッキはいつもの月単で、運良く勝ち進んで5回戦? 辺りでその日優勝のあるじさんにマッチング。ここで完全に決着も付かず優勢もわからない時間切れドローに。
ただ、このスイス方式引き分けのメリットが本当にゼロなので、通例通りじゃんけんで勝敗を決め、私は負けました。そして結果はといえば、この日残りの試合でも負けずに済んで2位という結末。
8弾が出て以降、減速方向で真面目にゲームをしようとすると引き分け不可避なケースが非常に多くなっていて、この大会はその集大成かのように全勝卓で引き分けが続出してたんだよね。

まあやっぱり、ちょっと思うところは多かった。
お陰でしろたマンとも多少トラブったりもして、すぐ和解はしたけどこんなことで争うことになる虚しさみたいなのも感じて、いよいよこのゲームは来るところまで来たなぁと。
元々銀符から離れなきゃいけない状態ではあったから、きっかけとしては丁度よかった。このゲームはまだ好きだったけど、暫くはすっぱり離れよう、という気分になった。

この日、このゲームに対して感じた思いは本当に色々あって、今迄相当好きだった分かなり複雑だったけど、いちユーザーとしてどうこうできるとは思わなかったし、どうこうしようとも思えなかったし。
まあ、そういう中で「じゃあ別ゲーしてっか」ってなるのはある意味健全だったとは思うんだよね。…いや、就活しろよってのはもっともなんだけどそういう元気なかったんだよ許して。


2013年は、2012年終期に復活を果たしたでちんの存在が大きい年だったなぁと思う。ゲームの環境としてもそうだし、純粋に集い勢の盛り上がりとしても新しい風(古参だけど)として存在感があった。一方で、邪夢さん達が離れていくのは寂しかったなぁ。仕方ない感じはあったけどもね。
すげぇと思ったのはこの年に社会人になった面子かな。
仕事大変だろうによく時間取って遊んでるなぁと。これは素直に尊敬してます。
ある種、一番銀符を盛り上げてる面子のメイン世代としての使命感が一部の面々にはあったのかもしれない…とか書いたところでこれは流石に大袈裟だなと思った。
まあうん。

そんな感じで、2014年と全体の総括へ。

続きます。

ぼくとぎんふりつ(後編Aパート)

そつろんなう。
このブログ入れるとこの一日で1万字近く文字書いてる計算になるんですがそれは…

前回同様に冒頭でこの後に出てこなさそうな人名簿に追加を。
南関東の方の面々で、ねばーさん、elzaさん、さなりぃさん、LEKさん&たかまちさんパーティの方々にもお世話になりました。銀符自体は後半あんま続かなかった面子だけど、2012年辺りにはよくお会いした面子ですね。さなりぃさんに関しては今もLoVやらCoJで縁がありますが。

さて続けてこうか。…何から書いたもんかなほんと。

☆仙台遠征

確かしらさわ登場直後の話。
「このカードは…!?」みたいになって。月使ってない人たちの最初の反応が「1点パンチャーとかw」みたいなアレで、月使ってた面子はもう大喜びだったっていう評価の分かれてたカード。結局まあ7弾まで月の主軸になってくれてましたね。いやぁ可愛いカードだった。

猫屋敷(宿に猫が何匹か居た)が楽しくて謎の記念撮影とかしてた記憶。
ラルさんやドラコさんと絡んだのと、後飲み会できのさんに私の似顔絵を書いてもらうとかいう事件がありましたね。そめ氏が吹っかけた賭けヴァンガとかだった気がするんだけど、アレ結局なんであんな流れになったんだっけ…?
似顔絵は上手でした。というかデフォルメが綺麗だった。
なんか当時辺りから飲みになると「軟骨の唐揚げ見るたび写真に撮る」とかいう文化が出来ていた気がする。うん、確かこの時の私は唐揚げとツーショット撮ってた。

まあインパクトで言えばこの時のMVPはやはりウォルトさんで、飲みの時のテンションが凄かった+挨拶回りの上手さにお世話になったこと、飲みの帰りに肩抱いてきて見事に呂律回ってなかったこと、養蚕の携帯にかかってきた突然の「俺だよ、ウォルトだよ」で大体持ってかれた感がある。

翌日はカラオケやボーリングも行ったりして、現地勢とよく遊んでた遠征だった印象。
帰りの飯で彷徨ってた記憶も。

大会の話全くしてなかったけど、私はウォルト先生と夜桜さんにボコられて即ドロップ、ひーろまんと若さんが仲良くじゃんけんしてるのを眺めてた記憶。
この辺りの時期若さん絶好調だったねぇ。
じゃんけん大会は英雄になれなかった。

☆ゲーム実況期

銀符律の思い出…?

ゲーム実況もそうだけど、「みらじ」(正式名称の記憶が怪しい)が始まったのもこの年の夏とかその辺だったよね。あのラジオは何をもって成功というのかは分からない企画だったけど、この界隈の面々は楽しんで見てたし賑やかで良い番組になってたと思う。結構続いたし。
これに関しては私よりも細かい裏話とか持ってそうな人が思い出話を書くべきなんじゃないかなと思うのでそんなには触れないけど、まあ今となってはウォルト先生とセットで呼ばれたのもいい思い出です。
月単に関してのお礼を言えたしね。
みらじで横浜勢が出る時に裏で横浜勢skype繋いで煽る」流れが結構楽しかった記憶。その後ドミニオンとかしてたな。
って、ちょっと話題逸れたけど。
兎に角この時期は、ニコ生が凸待ち放送以外でも変な方向に賑わった時期だった。

元々ゲーム実況といえばまぞちゃんだったわけだけど、何がきっかけだったかRUIそんがゲーム実況を始めて、その中でも「Ib」が色々面白そうだったんだよね。
で、何故かIbをそのまましろた&らじおペアが実況続投して、挙句の果てにそこで回収されなかった他のルートをやろうって言って「犬(リアクション担当)&軟骨(プレイ担当)&ギギP(ニヤニヤしてるだけ)」の三人で更にIbをやって。
まあそんな感じで界隈はワイワイやってた。
その後も定期的にゲーム実況枠が取られたりしてね。
で、結構ゲーム実況としては長編な「ハートレスマンション」を「犬(半分寝てる)&軟骨(プレイ担当)&ギギP(煽るだけ)」の三人でやって。謎解き苦労したなぁアレ。

疲れ果てながらも大団円を迎えた少し後、恐るべき事態に―――

☆大阪遠征(※当人不在)

軟骨、肺炎に倒れる。
私が今単位に苦しんでる理由の6割位はこいつのせいだねほんとね。

…いや、大阪遠征は倒れてなくても行くつもりなかったんだけどね。
まあだからこの遠征に関して私の思い出もクソもないんだけど、私の肺炎ネタを拾っての兄貴の「今日は一緒に来るはずだった友人が~~~~」という煽りは当時絶賛されましたね。
全勝者不在の中でタペストリー絵柄指定権利をキッチリじゃんけんで勝ち取った兄貴はあの日本当に強かった。というか多分あの台詞用意してたから強かったんだろうなと病床で思ってたよ。

☆名古屋遠征

結構勝ってたように見えて、実はこの年の私は個人壇上あがったことがなくて。
バトラとチーム戦で勝ってたけど結局月単を壇上に持ってってないし、悔しいな~~~~~勝ちてぇな~~~~~と思いながら臨んだ遠征でした。
で、大会は確か魔界天使とラジアン辺りを運良く轢いて入賞して。
なんかその二人はマジでマッチング不毛だったんだよね。どんまい。
決勝がギギPとカツラギさんで、めっちゃガン見してたら後で笑われた記憶。
ただやっぱ月単の決勝は当時の私の月単愛的にも見ておきたかったし、実際花と月の性格がそれぞれ出てた面白い勝負だったんだよね。他人のベストバウトを上げるならやっぱこれが第一候補になると思う。
カツラギさんの盤面作りが美しかったのをよく覚えています。

旅行としての思い出は、泊まりで騒いでたイメージはあるけど逸話らしい逸話は…あ。
大会当日にトイレ行ってたらいきなり置いてけぼりにされたのは許さないからな!
なんかビデオまで回ってて結果的には美味しかったけど普通にめっちゃ焦ったかんなあれ! 電話しても最初誰も出てくれなかったしさぁ!

☆全国

名古屋に続いて壇上。
最終戦とかはもう残ってたのが「いつもの面々オールスター」で、ラジア○くんの八百長とかしょうもない話はあったものの綺麗に集いとか横浜のみんなが壇上に残って。
銀莉さんの優勝も目出度くそうそうたる面子に参列出来て盛り上がってた記憶。
私の最終戦の相手だった土器さんの復活が待たれる。

とかいうものの。
大体「あの全国」と言えば全て兄貴の腕に話題が掻っ攫われるのが笑っていいのか悪いのか分からないところです。まあ、過ぎたことだし笑い話で良いのかな…?

今チラッと確認がてら当時のツイート遡ってみたけど、玉兎マンはこの全国辺りで本格的に愉快な仲間たち入りしたみたいっすね。提供画像もこの時の焼き肉で撮られた画像だったか。

ここには書かなかったり、忘れてたりする思い出(銀符本とかね)はこの年結構沢山残ってるとは思うけどまあそれはこのくらいにして。そんな感じで楽しかった6弾、そして2012年が終わり…。
闇の7弾と2013年がやってきます。

☆年初東京大会、梅雨亭の闇

私はすぐに気付けなかったけど、Lazyさん辺りがブログでバッチリ拡散した「梅雨亭コンボ」に銀符界は震撼。あまりにもクソ過ぎた割に、「それでも揃うか分からないし月使うのめんどくさい」という理由もあってかそこまで使用者が爆発的に居たわけではなかった年初の東京大会。

梅雨亭は無視して最後まで終わらせたかったラジアンの遅延特化花雪と、ラジアンのデッキ見た瞬間に嫌な顔をしてた私の梅雨亭がぶつかる決勝に。
この時の動画は無事前後編になるという快挙を果たし、結果は引き分けへ。
オポネントの結果玉兎マンのお陰で私の優勝になったけど、あの日ほどどういう顔していいか分からない壇上はなかった。これからの銀符を憂うしかなかったよ本当。
ちなみにこの時の私はまともに梅雨亭を決めたのは(決勝含む)2回だけで、それ以外の試合は真面目に月単回してたんだけど、その日4回近く梅雨亭決めて楽しそうに壇上上がってた銀莉さんが印象的でした。
この日の私はまだ梅雨亭にエラッタが来ると信じて…いました…

☆鬼怒川温泉、春の銀符祭り

これまで大会遠征ついでに観光を重ねてきた銀符勢、遂に観光メインの旅行に。
まったりさんがどう考えてもまったり出来ない強行軍で現れたりもして、ぶっくんのカメラ技術が頭角を現したりする行程となりました。というかまったりさんは銀符祭りの方でも殆ど運営の方に回ってもらってしまって本当に良かったんだろうか…?
途中で寄った餃子祭りは美味しかったですね。現地でSuicaのチャージが出来ないとかいうなんちゃらがありましたが、私は何も覚えてません。
向こうの宿でMTGのドラフトやったり。
なんか銀符祭りの景品にするとか言って謎の色紙を書かされたり

祭りの方は無事多くの方に来ていただいて、大きなトラブルもなく目出度く終わったような気がしますね。私は鈴奈庵の宣伝をしてたり、ひたすらわさびさんに煽られたりとかしてました。
わさびさんがしっかり色紙の権利持ってったりしてて笑ったのと、じゃんけん大会の商品の渡し方が無茶苦茶で笑った記憶が残ってます。
確かこの時のじゃんけんで貰ったエロ本が未だに本棚に眠ってるはず。
養蚕を始め、運営の面々は本当にお疲れ様でした。


…とまあ、文字数的にも後編はこんなところで。
まだ次回に続きまーす! あほか!

まあ、2013年はそこまで書くこと多くないし流石に次回で最終回でしょう。
出来れば年内にまたお会いしましょうね。

ぼくとぎんふりつ(中編)

昨日の集い忘年会で「名前出ない人可哀想だからみんな出してあげてな」との旨を言われたけど、まあ冷静にそれは無理なのでほんと…
今繋がりある人とはみんな仲良しだし、この記事に出てこないからどうこうってのは特にないはずで、ただ純粋に「出会った時のインパクトや逸話が存在するかどうか」と、話の流れが大きい。

つまり最初に断っておけば集いに行き始めた時に自然と顔を合わせるようになった(時期はバラバラだけど)すじんさん、Kさん、テラさん、うれさん、飛燕さん、おいたん、画伯、やまさん、まぞちゃん、夜桜さん、アルンさん、玉兎マン、ゼフさん、幻馬くん、そんでもってこっちの遠征やら向こうの遠征で絡むようになったラルさん、ドラコさん(宣言された以上は出さないとな!)、しょうゆまん、やっくんさん、カツラギさん、まったりさん、湊さん、銀莉さん、Lazyさん、前回の記事の時点で既に出会ってるけど絡みが増えたのはちょっとしてからなぎこさん、ふぇりっさん、画伯、なんでくん、、横浜の時もそうだけど第7回大会でのインパクトが大きかったしーぽんさん、LoV始めてから絡みの増えた面々、ここまでの分類でハブられたかりりん

辺りの!(半ギレ)

名前はこの後出てくるか怪しいけどそこは最初に断っておきます!!!!!!!
るいちん恨むわ!!!!!!!!!!
後この段階でも名前出てきてないからと言っても嫌ってるわけではなくてやっぱこの界隈純粋にでかくなりすぎて名簿なしに列挙するのが困ってるだけだからほんと許してください!

前置きでクソみたいに時間掛かったわしね!!!!!!!!


☆2011年補足:第一回チーム戦

昨日のカラオケで思い出した話題。
この時は私がまだ先輩と銀符やってて(後先輩はフェードアウトした)、後もう一人先輩の友人呼んで適当にチーム組む予定だったんだけど、その呼んだ人が結局来られず私は酒場行きになることに。
そこで同じく酒場で余ってた魔界天使とチワワを捕まえてチームを組み、酒場というには豪勢なチームで楽しく挑戦することに。

一回戦:ウォルトチーム。ちな私の対面は邪夢さん
おしまい。

この時には既に「集い勢」の存在なるものは認識していたしちょっとだけ面識もあったっぽくて、養蚕チームの顔ぶれ見て「^^;」みたいになってた記憶がある。
そしてこの時の優勝者が綱島勢だったと知るのは大分先の話である。
4回戦までやってたけど、いやほんとに一回戦の印象しかねーや。
ウォルトさんは魔界天使をかわいがってたよね。

☆2012年、新年幻想郷バトラ

軟骨、成人式により怒りのスーツ参戦。
割と面識ある人が増えて煽り貰ったり煽ったりを適度に楽しんでた記憶。
私の属した白玉楼はマジで誰もやる気がなくて、他のチームと大差をつけられて負けた挙句最多勝条件も相当低かった結果、バトラに縁のない私が最初で最後のバトラ壇上に上がることになりました。

この日はその後高校の同窓会でした。たのしかったです。
この時に、中将さんが最多勝取ってて「あの人始めたの結構最近だったのにすげーなー!」とか思ってた気がします。あんなに近場の人だったと知るのはまだ先です。

☆イエサブ杯

色々とシビアだったイエサブ杯。
溝の口とかいうこっち側のフィールドにラジアンや主将が現れた貴重な機会。
この時期のラジアンくんの煽りは絶好調というか私に対して異常に当たり強かった気がするけども、慣れるのに時間はかからなかったとかどうとか。
で、確かこの時5弾だったよね。原さんが月t日を早くも持ち出してて、ギギPが神妙な顔をして「あのデッキは…」みたいなことを後に語ったとかいう話が。

☆集い初参戦

これ2月頃だったっけ? よく覚えてないや。
つっても、まだプレイングが覚束ない兄貴に普通にボコられたとか、しろたマンが優勝してたってことしか覚えてないんだけどね。
ただ、なんかイメージしてたのより会場狭くてすげーガヤガヤしてて五月蝿くて変なところだなぁってのはしっかり印象に残ってますね。知らない人も結構いたし。

☆月単との出会い

大体この辺りの時期でしたかね。
秋葉アメニティの大会後に、フリプでウォルトさんが確か魔界天使と遊んでて、そこで使ってたデッキがEX2単の月単だったんですよ。
そんでこれをウォルトさんがもうすげー楽しそうに回してて、「カードパワー低い! 低い!」とか言いながらそれでも見てて面白い動きをしてたから凄い興味を惹かれて。
家に帰って真似て組んでみたんですよね。目コピだったから結構怪しかったけど。
ただそのままだと大分癖が強くて(バーンに偏り過ぎてたんだっけな。なんだったっけ)、私が使いやすいように差し替えながら遊んでたらこれが本当に面白い。

私に銀符律の話をさせる場合、「5.0月単を知らない奴はこのゲームの面白さを3割損してる」と割と真顔で言い出します。7.0以降の月単はまあどうでもいいよ。
兎に角本気でそう思うくらいに面白かった。
原案を作ったS.Sさんにもこのブログで意見貰ったりして、それまではそこまで積極的じゃなかったskype対戦もして、兎に角経験値積んで。

初めてそれを大会に持ってったのは確か秋葉ゲマの大会で、主将に決勝でボコられて3-1とかだったんだけど、その後の集いでは5-0取れて。
一番このゲームにハマってた時期だと思いますねー。
ああ、あの頃に戻りたい。

そうは言いつつ、公式ではなかなか結果が出なかった。
大阪遠征とかにも行ったけどまた主将に潰されたりな!
手応えはあっても相手のブン回りには対処できなかったり、細かいプレイングでミスをなくしきれなかったりで。パワーが全く足りないわけでは決してなかったんだけど。
この時期の私は月単狂い過ぎて相当迷言残してる記憶があるんだけど、それを探していちいち取り上げるのはめんどくさいのでラジアンくん辺りに聞いてくれると助かる。

☆大魔王杯からの第二回チーム戦

紅月さん主催の準公式規模の大会。
ここが唯一私が5.0月単で結果出した大会でした。
5回戦まで比較的危なげなくいつものプレイで勝ち、花雪や雪日相手にはなんとかなるな、とか思いながら5.0ではそこまで多くなかった花単、ミストさんが決勝相手。
当時の花単としては珍しいる~ことや永琳とかのカードが入ってて、その辺りに露骨にメタが刺さりながらも結構いい線までは追い詰めはして。
結局負けたんだけども。

ただ、それはそれでミストさんから「それは回せる気がしない」「メタ刺さってたのに僅差になってビビった」等のベタ褒めを頂いて、悔しかったものの存在感は見せられて楽しかった記憶が強く残ってます。

この時の楽しい試合とかもあって、第二回のチーム戦はミストさんと組んでみたい、って流れになったんだったかと思います。チーム編成の時に紅月さんが仕事で急に不参加になり空いた枠に若さんが入ることになってー、みたいな不思議な流れもあったりしたけども。
あの時若さんとミストさんはほぼ初対面だったけどうまくやれて良かったよね。
チームでの調整に泊まりで付き合ってくれたチワワもありがとうな(棒)

で。結果は知っている人は知ってる通り優勝でした。
やっぱりチーム戦優勝ってのは個人とは違った達成感があって嬉しかったね。
中高の頃に私は囲碁部に入っていて、団体戦で似たような形式の大会があったりしたんですが、そこでは結構苦い思い出とかも多くて。
殆ど個人競技なんだけど、それでも団体戦ってのは楽しいもんです。
結局この時は環境的に花が突出してて月単じゃちょっと厳しかったのもあって花t雪でやってたんですが、引きが神懸ってて唯一の全勝者になったし。
ジズさんの天則に若さんが打ち倒されたり、わさびさん圧倒的エクスペリーズカナン宣言にミストさんが押し負けたりしたシーンも印象に残ってるけど、あるじさん、緋色マン、ベルさんチームを無傷で突破した時なんかは本当にこのチーム強いなと思ったもん。

面子がせこい、とは各所から言われたものの、他にも相当せこい集まりや優勝候補チームはいたし、対綱島戦なんかは相当苦しかった(ぶっちゃけここが一番の鬼門だった)のでやっぱりその日の運が強かったってのが一番じゃないかなとは思う。
まあ当たり前の話か。

帰れコールが貰えたのってこの時だっけね。
アレは嬉しかったなぁ。煽られ体質の絶頂期だったね本当ね。
しろたくんもこの前帰れコール貰えて良かったね。

まあ兎も角。
「一番気持ちよかった、楽しかった壇上はどれか」と言われれば、私はこのチーム戦をあげます。やっぱりチーム戦ってのは色々特殊です。
この時の他のチームに関してちょっと言及するなら、あのチームで壇上に行けなかった魔界天使は相当運悪かったし可哀想だったなってのと、ぶっくんが楽しそうで何よりでしたってことかな!
あ、チワワは…なんかこう…どんまい?


文字数的にこの辺りで区切ろうかと思うけど、まだ2012年の途中なんだよなぁ…
…年内に…書けるのかな…
卒論…
待つな次回。

ぼくとぎんふりつ(前編)

シルバーブリッツさん、今迄お疲れ様でした。

というわけで、この4年間? を振り返って思い出話でも綴ろうかなと。
みんな似たようなこと考えるだろうけど、いざ長文書くかっていうと書かないでしょ。
こういうことやるのはこの界隈じゃ私だろうという自覚もあるし。
じゃあやっていきましょうね。一記事じゃ終わんねーけど。

基本時系列順に行きたいけど、何せ期間が長いから忘れてることも沢山あるし順番は結構ごっちゃになってると思います。個人名はバンバン出てくるからその辺はよろしく。
個人名の解説はしませんので気になったらリプでもAskでも投げてください。

☆出会い

そもそもはなんだったかな。
くろいひとに持ちかけられたんですよ。なんかTCGやろうぜ、と。
私が東方好きだしじゃあ東方系でなんかやるかってことになって、幾つか候補示された中からイラストもルールも強そうな東方銀符律ってのをやってみようかと。
発売前の段階でそういう話になりました。この時はまさかこのゲームの終焉を見届けることになるなんて思ってもみなかったよねぇ。

何故かやる気はあって、発売日当日は開店前に並んでサーパラとかで合計5box位買って。
ピロ水さんのフランプロモは高騰したなぁ。
そんで適当にデッキ組んで何回かくろいひとと遊んで、すぐに公式大会と。

なんでいきなり大会に出ようかと思ったのかはよくわかりません。
私は元来その手の積極性に欠けているタイプだったと思うので、これが今でも不思議だったりします。
だってあれだよ。完全なTCG初心者だよ。
小学生の頃になんとなくポケモンカード触ったり、中学生の頃にちょっとだけ遊戯王触ったくらいの記憶しかなくて、真面目にデッキ組んだり大会出たことなんて勿論無い。
知らない人とカードゲームをする、なんて感覚がなかったはずなんだよ。

当時の俺は何を考えてたんだろうなぁ。

☆初めての公式

私ね。今更これを言うのも何だと思うけど、ゲーム自体は得意な方だと思ってたんだ。
負けまくるっていう経験もなかった。だから悔しかったですねやっぱ。
0勝4敗1不戦勝とかだったかな。ものの見事に勝てませんでした。
今考えると当たり前なんだけど、周りだって初心者じゃん、みたいなアレがあってさ。
リセから流れてきた人はしょうがないと思うんだけど、TCG自体初めての人はそんなに居るわけじゃないっていう当たり前の事実を当時はあんまり認識してなかったんだと思う。
最後の試合とかはお互いプレミしまくってて、物凄い惜しいところでミスして負けたりして、兎に角全敗って事実に発狂しそうだった。負けず嫌いなんだよ。

ただ、まあね。このゲーム関係ない私の昔話に関係するんだけど、闘争心を剥き出しにして悔しがったり、高いプライドを持て余して傷ついたりっていうのはとっても久々だったんだ。
何でこのゲームにそんな本気になったのかは分かんないんだけどさ。
新鮮だったね。なんか、こんなにクソ真面目に遊ぼうとしてる自分が。

☆第二回公式

この前後に、大学の先輩で銀符律してる人を見っけて、その人とスパーリングするようになってました。
第一回でボコボコにされた経験を活かしつつ、ついでに素直に強いって言われてた1.0諏訪子っていうパワーカードを全力で使いつつ。運も味方して、今度は突然4連勝。
流石にここで壇上に行けるほど甘くはなくて、5回戦で現れたのは王者さん
当時のHNは別だったけど、それは兎も角時折ルールの間違い指摘されたり花映塚構えられたりしながら負けました。比較的善戦はしてた方だったけど惜しい試合ではなかったね。
そんで6回戦、対面に座るはでちん
前回4-2だったから今回は勝ちたいんですよ~~~~↑↑↑↑」って言いながらしっかり私を踏んでいきました。まあこの時点でもやっぱり経験値の差は大きいよね。

本戦後にでちんと一緒にバトラに行ってそのままもう一戦することになり、お互い適当なデッキで遊んでたんですが、ここでふるで先生が取り出した3色デッキ(色忘れちゃった。雪月日とかだっけ?)が私に多大な影響を与えます。

ワイ「三色とか回るんすね~~~~」
でち「まあなんとかなりますよ(にこやか)」

とかいう甘言にのせられて、ここから私は雪月花の道を歩むことになりました。めでたしめでたし。

この日は確かグラサンにもマッチングしてるんだよね。初期から会ってる人ちょくちょくいるんだよなあーなんて思いつつ。もう居ない人もいるんだよなあーとも思いつつ。

☆横浜デビュー

雪月花に魅入られた私は試行錯誤しながら、近隣の公認大会への殴り込みを決意。
しかし絶妙に立地が微妙で、一番近い公認大会が横浜という現実が待っていました。
ただこの横浜が本当にいいところで。
味噌汁さん、ジャッジ、ミスター、はなむぐりさん辺りの年上面子に囲まれて、アットホームな環境の中で楽しく過ごしていました。
この頃からでしょうねー。ゲームとしてだけでなく、「人と遊ぶ」意味でこのTCGにのめり込み始めたのは。

行き始めて少しした頃に、こちらからギギPと若さんを認識します。
第一印象は怖いお兄さん達でした。
当時は実際綱島勢のオーラ怖かったし。うん。
この段階では向こうには認識されてません。

この年の冬は横浜近辺を周辺にいろんな大会に出ましたね。
秋葉行ったり新宿行ったりもしてました。養蚕ともチラッとマッチングしてますね。
この期間に一番大会でマッチしてた相手はむぐーりんてんてーとツキハカ村長かなぁ。特に村長は、私と同じように「銀符初期から居るやる気初心者勢」仲間としてよく遭遇していたので、印象に残っています。

後は、「まるで勝てない相手」としてよくマッチしてたのはロベルト・カーロンさんですね。もうほんっとに勝てませんでした。カードゲーム経験もそうなんだけどやっぱり実力差が凄かったなぁ。
ただ、年を越すとだんだん「リセ勢以外」には負けなくなってきてた。
この頃から雪月花に手応えを感じ始めましたね。

☆初めての壇上

時期は多少飛んで第7回? とかその辺の東京公式大会。
努力が実を結び、雪月花で初めての壇上を経験します。
運が冴えてたのは勿論だけど、回った時にデッキが実際に強くて感動したなぁ。
5回戦は確かミストさん。相手が事故ってこっちはブン回っての交通事故だったけど、ある意味やりたい放題の雪月花の印象を植え付けることに成功してた気がする。
6戦全勝からの優勝決定戦はうらりょんさんでした。
が、ここまでの運を使いきっていたために大事故でボロ負けの恥ずかしい事態に。
初々しい壇上コメントを残したりして、それでも満足の結果として帰路につきました。

最初期のフォロワーだったRUIちんに「だくねす佐倉=白猫軟骨」と認識されたのはこの時だったね。なんかびっくりしてて面白かった記憶。

養蚕とかその周辺にはこの日にマークされた模様。
雪月花は4弾環境の途中まで続けてたけど、ある程度満足して(デッキパワーにも限界感じたし)その辺でやめたんだっけね。どうだったかな。

☆当ブログ創設と名古屋大会優勝

見出しと全く関係ないけど時期的にこの辺だから書いとくけど、ラジアンに初めて煽られたのはこの年の夏だったかな。その時彼は第8回大会優勝、その後の仙台だかの大会でも準優勝かなんかして、当時「一番波に乗っている男」だったわけだよ。
そういう奴にほぼ初対面で、こっちから挨拶しようとしたら「あの白猫軟骨さんですね。お噂はかねがね」とか向こうから言われたんだぜ。未だに根に持ってるからな。
さて話を戻そうか。

このブログを作った理由は、「自分のような初心者がデッキを作ったり実際に遊んだりするときに、指針となる記事を作りたい」という至極善意に満ち溢れた動機でした。
もうちょっと和訳すると「俺が初心者の時にこういうの欲しかったなぁ…」って奴。

そんで適当に記事ちょっと書いて、「名古屋行ってきます!」みたいなこと書いて。
今思うとなんで一人でいきなり名古屋行ったんだろうってことなんだけど。
確かに4弾環境では殆ど関東で公式がなくて、「公式に出たい!」って気持ちがあったのは確かなんだけど。それにしたって突然一人で名古屋行くか普通。
夏ぐらいからよく横浜で会うようになったレバ犬くんにも不思議そうな顔で「おう、頑張ってーな」的な声援を貰って出陣したものの、いやほんとなんだったんだろうね。
レバ犬くんといえば魔界天使が暴れ始めたのもこの年の夏頃からだったねぇ。

で。ここで養蚕の甘えたプレイをぶっ潰して登って行ったらギリギリでまさかの優勝を掴み、この瞬間から私は集い勢の玩具になりました。

ギギP若さん辺りに「よく見るアイツ」として認識され始めるのはこの近辺だったかな。

この年の冬の思い出と言えばこれですね。
http://togetter.com/li/226978

いやこれね。後でネタばらしもあったりしたけど酷かったねほんとね。
ツイッターってツールはほんとアホだなと心から思った出来事です。

☆2012年に入って

どんどん集い勢に飲み込まれてすっかり愉快な仲間たちの一員となり、遠征やら何やらにちょくちょくついていくことになります。
新星しろたマン&かゆおコンビも現れて、やっぱりこの年が一番銀符律盛り上がって楽しかった記憶がありますね。正直この年は色んな事をした記憶がありすぎて書ききれないですわ。
このコミュニティに飲み込まれて良かったなぁ、なんて。
心からそう思えた年でした。

とまあ、こんな感じで続きも書きたいんだけども。
ぶっ続けでここまで書いて疲れたんで続きは後日で良いかな?
うん。まあ年内には頑張って続き書くよ。
プロフィール

だくねす佐倉

Author:だくねす佐倉
TCGは東方銀符律とかいうのをやってた人です。
CoJは難しいなぁ。今はJⅢ。
天子とか阿求とかすき。

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