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ぼくとぎんふりつ(後編Aパート)

そつろんなう。
このブログ入れるとこの一日で1万字近く文字書いてる計算になるんですがそれは…

前回同様に冒頭でこの後に出てこなさそうな人名簿に追加を。
南関東の方の面々で、ねばーさん、elzaさん、さなりぃさん、LEKさん&たかまちさんパーティの方々にもお世話になりました。銀符自体は後半あんま続かなかった面子だけど、2012年辺りにはよくお会いした面子ですね。さなりぃさんに関しては今もLoVやらCoJで縁がありますが。

さて続けてこうか。…何から書いたもんかなほんと。

☆仙台遠征

確かしらさわ登場直後の話。
「このカードは…!?」みたいになって。月使ってない人たちの最初の反応が「1点パンチャーとかw」みたいなアレで、月使ってた面子はもう大喜びだったっていう評価の分かれてたカード。結局まあ7弾まで月の主軸になってくれてましたね。いやぁ可愛いカードだった。

猫屋敷(宿に猫が何匹か居た)が楽しくて謎の記念撮影とかしてた記憶。
ラルさんやドラコさんと絡んだのと、後飲み会できのさんに私の似顔絵を書いてもらうとかいう事件がありましたね。そめ氏が吹っかけた賭けヴァンガとかだった気がするんだけど、アレ結局なんであんな流れになったんだっけ…?
似顔絵は上手でした。というかデフォルメが綺麗だった。
なんか当時辺りから飲みになると「軟骨の唐揚げ見るたび写真に撮る」とかいう文化が出来ていた気がする。うん、確かこの時の私は唐揚げとツーショット撮ってた。

まあインパクトで言えばこの時のMVPはやはりウォルトさんで、飲みの時のテンションが凄かった+挨拶回りの上手さにお世話になったこと、飲みの帰りに肩抱いてきて見事に呂律回ってなかったこと、養蚕の携帯にかかってきた突然の「俺だよ、ウォルトだよ」で大体持ってかれた感がある。

翌日はカラオケやボーリングも行ったりして、現地勢とよく遊んでた遠征だった印象。
帰りの飯で彷徨ってた記憶も。

大会の話全くしてなかったけど、私はウォルト先生と夜桜さんにボコられて即ドロップ、ひーろまんと若さんが仲良くじゃんけんしてるのを眺めてた記憶。
この辺りの時期若さん絶好調だったねぇ。
じゃんけん大会は英雄になれなかった。

☆ゲーム実況期

銀符律の思い出…?

ゲーム実況もそうだけど、「みらじ」(正式名称の記憶が怪しい)が始まったのもこの年の夏とかその辺だったよね。あのラジオは何をもって成功というのかは分からない企画だったけど、この界隈の面々は楽しんで見てたし賑やかで良い番組になってたと思う。結構続いたし。
これに関しては私よりも細かい裏話とか持ってそうな人が思い出話を書くべきなんじゃないかなと思うのでそんなには触れないけど、まあ今となってはウォルト先生とセットで呼ばれたのもいい思い出です。
月単に関してのお礼を言えたしね。
みらじで横浜勢が出る時に裏で横浜勢skype繋いで煽る」流れが結構楽しかった記憶。その後ドミニオンとかしてたな。
って、ちょっと話題逸れたけど。
兎に角この時期は、ニコ生が凸待ち放送以外でも変な方向に賑わった時期だった。

元々ゲーム実況といえばまぞちゃんだったわけだけど、何がきっかけだったかRUIそんがゲーム実況を始めて、その中でも「Ib」が色々面白そうだったんだよね。
で、何故かIbをそのまましろた&らじおペアが実況続投して、挙句の果てにそこで回収されなかった他のルートをやろうって言って「犬(リアクション担当)&軟骨(プレイ担当)&ギギP(ニヤニヤしてるだけ)」の三人で更にIbをやって。
まあそんな感じで界隈はワイワイやってた。
その後も定期的にゲーム実況枠が取られたりしてね。
で、結構ゲーム実況としては長編な「ハートレスマンション」を「犬(半分寝てる)&軟骨(プレイ担当)&ギギP(煽るだけ)」の三人でやって。謎解き苦労したなぁアレ。

疲れ果てながらも大団円を迎えた少し後、恐るべき事態に―――

☆大阪遠征(※当人不在)

軟骨、肺炎に倒れる。
私が今単位に苦しんでる理由の6割位はこいつのせいだねほんとね。

…いや、大阪遠征は倒れてなくても行くつもりなかったんだけどね。
まあだからこの遠征に関して私の思い出もクソもないんだけど、私の肺炎ネタを拾っての兄貴の「今日は一緒に来るはずだった友人が~~~~」という煽りは当時絶賛されましたね。
全勝者不在の中でタペストリー絵柄指定権利をキッチリじゃんけんで勝ち取った兄貴はあの日本当に強かった。というか多分あの台詞用意してたから強かったんだろうなと病床で思ってたよ。

☆名古屋遠征

結構勝ってたように見えて、実はこの年の私は個人壇上あがったことがなくて。
バトラとチーム戦で勝ってたけど結局月単を壇上に持ってってないし、悔しいな~~~~~勝ちてぇな~~~~~と思いながら臨んだ遠征でした。
で、大会は確か魔界天使とラジアン辺りを運良く轢いて入賞して。
なんかその二人はマジでマッチング不毛だったんだよね。どんまい。
決勝がギギPとカツラギさんで、めっちゃガン見してたら後で笑われた記憶。
ただやっぱ月単の決勝は当時の私の月単愛的にも見ておきたかったし、実際花と月の性格がそれぞれ出てた面白い勝負だったんだよね。他人のベストバウトを上げるならやっぱこれが第一候補になると思う。
カツラギさんの盤面作りが美しかったのをよく覚えています。

旅行としての思い出は、泊まりで騒いでたイメージはあるけど逸話らしい逸話は…あ。
大会当日にトイレ行ってたらいきなり置いてけぼりにされたのは許さないからな!
なんかビデオまで回ってて結果的には美味しかったけど普通にめっちゃ焦ったかんなあれ! 電話しても最初誰も出てくれなかったしさぁ!

☆全国

名古屋に続いて壇上。
最終戦とかはもう残ってたのが「いつもの面々オールスター」で、ラジア○くんの八百長とかしょうもない話はあったものの綺麗に集いとか横浜のみんなが壇上に残って。
銀莉さんの優勝も目出度くそうそうたる面子に参列出来て盛り上がってた記憶。
私の最終戦の相手だった土器さんの復活が待たれる。

とかいうものの。
大体「あの全国」と言えば全て兄貴の腕に話題が掻っ攫われるのが笑っていいのか悪いのか分からないところです。まあ、過ぎたことだし笑い話で良いのかな…?

今チラッと確認がてら当時のツイート遡ってみたけど、玉兎マンはこの全国辺りで本格的に愉快な仲間たち入りしたみたいっすね。提供画像もこの時の焼き肉で撮られた画像だったか。

ここには書かなかったり、忘れてたりする思い出(銀符本とかね)はこの年結構沢山残ってるとは思うけどまあそれはこのくらいにして。そんな感じで楽しかった6弾、そして2012年が終わり…。
闇の7弾と2013年がやってきます。

☆年初東京大会、梅雨亭の闇

私はすぐに気付けなかったけど、Lazyさん辺りがブログでバッチリ拡散した「梅雨亭コンボ」に銀符界は震撼。あまりにもクソ過ぎた割に、「それでも揃うか分からないし月使うのめんどくさい」という理由もあってかそこまで使用者が爆発的に居たわけではなかった年初の東京大会。

梅雨亭は無視して最後まで終わらせたかったラジアンの遅延特化花雪と、ラジアンのデッキ見た瞬間に嫌な顔をしてた私の梅雨亭がぶつかる決勝に。
この時の動画は無事前後編になるという快挙を果たし、結果は引き分けへ。
オポネントの結果玉兎マンのお陰で私の優勝になったけど、あの日ほどどういう顔していいか分からない壇上はなかった。これからの銀符を憂うしかなかったよ本当。
ちなみにこの時の私はまともに梅雨亭を決めたのは(決勝含む)2回だけで、それ以外の試合は真面目に月単回してたんだけど、その日4回近く梅雨亭決めて楽しそうに壇上上がってた銀莉さんが印象的でした。
この日の私はまだ梅雨亭にエラッタが来ると信じて…いました…

☆鬼怒川温泉、春の銀符祭り

これまで大会遠征ついでに観光を重ねてきた銀符勢、遂に観光メインの旅行に。
まったりさんがどう考えてもまったり出来ない強行軍で現れたりもして、ぶっくんのカメラ技術が頭角を現したりする行程となりました。というかまったりさんは銀符祭りの方でも殆ど運営の方に回ってもらってしまって本当に良かったんだろうか…?
途中で寄った餃子祭りは美味しかったですね。現地でSuicaのチャージが出来ないとかいうなんちゃらがありましたが、私は何も覚えてません。
向こうの宿でMTGのドラフトやったり。
なんか銀符祭りの景品にするとか言って謎の色紙を書かされたり

祭りの方は無事多くの方に来ていただいて、大きなトラブルもなく目出度く終わったような気がしますね。私は鈴奈庵の宣伝をしてたり、ひたすらわさびさんに煽られたりとかしてました。
わさびさんがしっかり色紙の権利持ってったりしてて笑ったのと、じゃんけん大会の商品の渡し方が無茶苦茶で笑った記憶が残ってます。
確かこの時のじゃんけんで貰ったエロ本が未だに本棚に眠ってるはず。
養蚕を始め、運営の面々は本当にお疲れ様でした。


…とまあ、文字数的にも後編はこんなところで。
まだ次回に続きまーす! あほか!

まあ、2013年はそこまで書くこと多くないし流石に次回で最終回でしょう。
出来れば年内にまたお会いしましょうね。

ぼくとぎんふりつ(中編)

昨日の集い忘年会で「名前出ない人可哀想だからみんな出してあげてな」との旨を言われたけど、まあ冷静にそれは無理なのでほんと…
今繋がりある人とはみんな仲良しだし、この記事に出てこないからどうこうってのは特にないはずで、ただ純粋に「出会った時のインパクトや逸話が存在するかどうか」と、話の流れが大きい。

つまり最初に断っておけば集いに行き始めた時に自然と顔を合わせるようになった(時期はバラバラだけど)すじんさん、Kさん、テラさん、うれさん、飛燕さん、おいたん、画伯、やまさん、まぞちゃん、夜桜さん、アルンさん、玉兎マン、ゼフさん、幻馬くん、そんでもってこっちの遠征やら向こうの遠征で絡むようになったラルさん、ドラコさん(宣言された以上は出さないとな!)、しょうゆまん、やっくんさん、カツラギさん、まったりさん、湊さん、銀莉さん、Lazyさん、前回の記事の時点で既に出会ってるけど絡みが増えたのはちょっとしてからなぎこさん、ふぇりっさん、画伯、なんでくん、、横浜の時もそうだけど第7回大会でのインパクトが大きかったしーぽんさん、LoV始めてから絡みの増えた面々、ここまでの分類でハブられたかりりん

辺りの!(半ギレ)

名前はこの後出てくるか怪しいけどそこは最初に断っておきます!!!!!!!
るいちん恨むわ!!!!!!!!!!
後この段階でも名前出てきてないからと言っても嫌ってるわけではなくてやっぱこの界隈純粋にでかくなりすぎて名簿なしに列挙するのが困ってるだけだからほんと許してください!

前置きでクソみたいに時間掛かったわしね!!!!!!!!


☆2011年補足:第一回チーム戦

昨日のカラオケで思い出した話題。
この時は私がまだ先輩と銀符やってて(後先輩はフェードアウトした)、後もう一人先輩の友人呼んで適当にチーム組む予定だったんだけど、その呼んだ人が結局来られず私は酒場行きになることに。
そこで同じく酒場で余ってた魔界天使とチワワを捕まえてチームを組み、酒場というには豪勢なチームで楽しく挑戦することに。

一回戦:ウォルトチーム。ちな私の対面は邪夢さん
おしまい。

この時には既に「集い勢」の存在なるものは認識していたしちょっとだけ面識もあったっぽくて、養蚕チームの顔ぶれ見て「^^;」みたいになってた記憶がある。
そしてこの時の優勝者が綱島勢だったと知るのは大分先の話である。
4回戦までやってたけど、いやほんとに一回戦の印象しかねーや。
ウォルトさんは魔界天使をかわいがってたよね。

☆2012年、新年幻想郷バトラ

軟骨、成人式により怒りのスーツ参戦。
割と面識ある人が増えて煽り貰ったり煽ったりを適度に楽しんでた記憶。
私の属した白玉楼はマジで誰もやる気がなくて、他のチームと大差をつけられて負けた挙句最多勝条件も相当低かった結果、バトラに縁のない私が最初で最後のバトラ壇上に上がることになりました。

この日はその後高校の同窓会でした。たのしかったです。
この時に、中将さんが最多勝取ってて「あの人始めたの結構最近だったのにすげーなー!」とか思ってた気がします。あんなに近場の人だったと知るのはまだ先です。

☆イエサブ杯

色々とシビアだったイエサブ杯。
溝の口とかいうこっち側のフィールドにラジアンや主将が現れた貴重な機会。
この時期のラジアンくんの煽りは絶好調というか私に対して異常に当たり強かった気がするけども、慣れるのに時間はかからなかったとかどうとか。
で、確かこの時5弾だったよね。原さんが月t日を早くも持ち出してて、ギギPが神妙な顔をして「あのデッキは…」みたいなことを後に語ったとかいう話が。

☆集い初参戦

これ2月頃だったっけ? よく覚えてないや。
つっても、まだプレイングが覚束ない兄貴に普通にボコられたとか、しろたマンが優勝してたってことしか覚えてないんだけどね。
ただ、なんかイメージしてたのより会場狭くてすげーガヤガヤしてて五月蝿くて変なところだなぁってのはしっかり印象に残ってますね。知らない人も結構いたし。

☆月単との出会い

大体この辺りの時期でしたかね。
秋葉アメニティの大会後に、フリプでウォルトさんが確か魔界天使と遊んでて、そこで使ってたデッキがEX2単の月単だったんですよ。
そんでこれをウォルトさんがもうすげー楽しそうに回してて、「カードパワー低い! 低い!」とか言いながらそれでも見てて面白い動きをしてたから凄い興味を惹かれて。
家に帰って真似て組んでみたんですよね。目コピだったから結構怪しかったけど。
ただそのままだと大分癖が強くて(バーンに偏り過ぎてたんだっけな。なんだったっけ)、私が使いやすいように差し替えながら遊んでたらこれが本当に面白い。

私に銀符律の話をさせる場合、「5.0月単を知らない奴はこのゲームの面白さを3割損してる」と割と真顔で言い出します。7.0以降の月単はまあどうでもいいよ。
兎に角本気でそう思うくらいに面白かった。
原案を作ったS.Sさんにもこのブログで意見貰ったりして、それまではそこまで積極的じゃなかったskype対戦もして、兎に角経験値積んで。

初めてそれを大会に持ってったのは確か秋葉ゲマの大会で、主将に決勝でボコられて3-1とかだったんだけど、その後の集いでは5-0取れて。
一番このゲームにハマってた時期だと思いますねー。
ああ、あの頃に戻りたい。

そうは言いつつ、公式ではなかなか結果が出なかった。
大阪遠征とかにも行ったけどまた主将に潰されたりな!
手応えはあっても相手のブン回りには対処できなかったり、細かいプレイングでミスをなくしきれなかったりで。パワーが全く足りないわけでは決してなかったんだけど。
この時期の私は月単狂い過ぎて相当迷言残してる記憶があるんだけど、それを探していちいち取り上げるのはめんどくさいのでラジアンくん辺りに聞いてくれると助かる。

☆大魔王杯からの第二回チーム戦

紅月さん主催の準公式規模の大会。
ここが唯一私が5.0月単で結果出した大会でした。
5回戦まで比較的危なげなくいつものプレイで勝ち、花雪や雪日相手にはなんとかなるな、とか思いながら5.0ではそこまで多くなかった花単、ミストさんが決勝相手。
当時の花単としては珍しいる~ことや永琳とかのカードが入ってて、その辺りに露骨にメタが刺さりながらも結構いい線までは追い詰めはして。
結局負けたんだけども。

ただ、それはそれでミストさんから「それは回せる気がしない」「メタ刺さってたのに僅差になってビビった」等のベタ褒めを頂いて、悔しかったものの存在感は見せられて楽しかった記憶が強く残ってます。

この時の楽しい試合とかもあって、第二回のチーム戦はミストさんと組んでみたい、って流れになったんだったかと思います。チーム編成の時に紅月さんが仕事で急に不参加になり空いた枠に若さんが入ることになってー、みたいな不思議な流れもあったりしたけども。
あの時若さんとミストさんはほぼ初対面だったけどうまくやれて良かったよね。
チームでの調整に泊まりで付き合ってくれたチワワもありがとうな(棒)

で。結果は知っている人は知ってる通り優勝でした。
やっぱりチーム戦優勝ってのは個人とは違った達成感があって嬉しかったね。
中高の頃に私は囲碁部に入っていて、団体戦で似たような形式の大会があったりしたんですが、そこでは結構苦い思い出とかも多くて。
殆ど個人競技なんだけど、それでも団体戦ってのは楽しいもんです。
結局この時は環境的に花が突出してて月単じゃちょっと厳しかったのもあって花t雪でやってたんですが、引きが神懸ってて唯一の全勝者になったし。
ジズさんの天則に若さんが打ち倒されたり、わさびさん圧倒的エクスペリーズカナン宣言にミストさんが押し負けたりしたシーンも印象に残ってるけど、あるじさん、緋色マン、ベルさんチームを無傷で突破した時なんかは本当にこのチーム強いなと思ったもん。

面子がせこい、とは各所から言われたものの、他にも相当せこい集まりや優勝候補チームはいたし、対綱島戦なんかは相当苦しかった(ぶっちゃけここが一番の鬼門だった)のでやっぱりその日の運が強かったってのが一番じゃないかなとは思う。
まあ当たり前の話か。

帰れコールが貰えたのってこの時だっけね。
アレは嬉しかったなぁ。煽られ体質の絶頂期だったね本当ね。
しろたくんもこの前帰れコール貰えて良かったね。

まあ兎も角。
「一番気持ちよかった、楽しかった壇上はどれか」と言われれば、私はこのチーム戦をあげます。やっぱりチーム戦ってのは色々特殊です。
この時の他のチームに関してちょっと言及するなら、あのチームで壇上に行けなかった魔界天使は相当運悪かったし可哀想だったなってのと、ぶっくんが楽しそうで何よりでしたってことかな!
あ、チワワは…なんかこう…どんまい?


文字数的にこの辺りで区切ろうかと思うけど、まだ2012年の途中なんだよなぁ…
…年内に…書けるのかな…
卒論…
待つな次回。
プロフィール

だくねす佐倉

Author:だくねす佐倉
TCGは東方銀符律とかいうのをやってた人です。
CoJは難しいなぁ。今はJⅢ。
天子とか阿求とかすき。

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